リ・メンバーワン西宮|神との対話を語る会

イベント情報


イベント名
リ・メンバーワン西宮
詳細
日時
2008-09-14
時間
場所
開催後コメント
お彼岸も終わり秋空が広がる季節となりました。さわやかな風が吹き、あのオリンピックの熱闘に沸いた夏が記憶の彼方に過ぎ去ろうとしています。あと数日で神無月の10月。
9月14日の参加者数は、初参加の女性1名を含む6名でした。
今回で神対文庫版1巻が終わりました。約8ヶ月の長い期間でしたが挫折せず続けて来られた意義は大きいと思う。しかし感ずるところが多かった割には、余り身に付いていない自分を発見し、自らの考え方、生き方の修正の難しさを感じます。
最後の章はページ数も少なく内容的にはこれまでの繰り返しで新鮮味に欠けた感じでした。輪廻転生がまたまた持ち出され、我々一人一人は過去、戦士、英雄、殺人者、王様等々あらゆる姿を演じてきたと述べられていますが、そもそも我々は魂の計画を知らない。ただ「いま」の境涯を意識するのみ。しかし自分の自由で主体的な選択の結果が「いま」ということであるなら、実は「いま」には深い意味があり、生きる価値があると思う。
「生きる」ということが、ただ「いま」を「味わう」「感じる」しかないのであるなら、何かに「なる」試みは徒労に終わる。「時間」は「味わう」ための宇宙の大いなる仕掛けだから、時間の短縮への試みは神・魂への反逆であり、何倍ものしっぺ返しを受けるのです。所詮近道などないのだとつくづく感じます。
神対1巻終了後、「マンガ老荘の思想」の最初のページの読み合わせをしました。奥深い思想を平易なマンガ本にしてあり、一人で学ぶには最適ではありますが、学習会の教材とするなら神対と同様、事前に充分咀嚼して自分のものにしておかないと議論にならないような気がする。老荘思想はぶっ付け本番で語れるほど軽い思想ではないから、、、
老荘思想は、故森三樹三郎氏が言うように、どうすれば無為自然、万物斉同の境地に達することが出来るかという、具体的な方法論は説かれていない。無為自然、万物斉同の理を知ることが出来ても、その境地に「なる」ことは至難の技。その回答の一つが禅ではありますが、、、だから学習は「あ、そうか」と単なる納得で終わってしまうような気がしないでもない。
10月12日から再び神対文庫版2巻(1章、2章)が始まります。
また秋空のもと、戸外での学習会も計画中です。奮ってご参加を!
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